誰かの
ワタクシゴトが、
明日を変える。
CONCEPT
仕事や働き方は、
その人の人生そのもの。
様々な人の働く姿や考えを通して、
仕事に対する価値観を集めてみました。
多くの人のワークスタイルの
ヒントが見つかれば。
CAST
#15
ひとり美容師
#14
ヒトゴトマン(人事)
#13
終身雇用まっしぐらサラリーマン
#12
ITコンサルタント
#11
カフェ英会話株式会社 代表取締役 社長
#10
デザイナー・ヨガインストラクター
#09
創り人
#08
セミナー研修講師
#07
事業統括責任者
#06
スタイリスト
#05
プロジェクトマネージャー
#04
イノベーションストラテジスト
#03
銀行マン
#02
エグゼクティブ コーチ
#01
SNSマーケッター
#01
SNSマーケッター
Mさん
市場調査会社のコンテンツ制作やメールマーケティング、スクール運営企業のX活用支援を行っています。2016年からSNSやWebマーケティングの分野でキャリアを積んできました。
Vol.01/SNSマーケッター
Mさん
対面接客からデジタルマーケティングへの挑戦
キャリアの原点(顧客心理への興味)
キッチンメーカーの営業やショールームでの対面接客からキャリアをスタート。接客を通じて「人が物を買う(財布を開ける)瞬間の心理」に関心を持ち、自分の感覚だけに頼らず、より広い市場からどう見られているかを数値で論理的に分析したいと考えるようになる。
30歳での転機(スタートアップへの挑戦)
未経験からスタートアップ(キュレーションメディア)へ転職し、デジタルマーケティングの世界へ足を踏み入れる。多国籍メンバーが集まるカオスな環境下で、全体をまとめられるバランス感覚やマネジメントの素養を評価され、採用される。
集客から事業成長へ
住宅系マッチングメディアへ移籍し、SNSを活用した集客だけでなく、集客したユーザーをサービスの成長(グロース)へ繋げる実務経験を積む。
「戦略」と「現場」を自由に行き来するフリーランス
プロフェッショナルとしての修練
SNS専業代理店で大手企業のディレクターとしてストイックに分析・レポーティングの基礎を叩き込む。その後、物事を高い視点から俯瞰して見る力を養うため、データ活用コンサルティング会社で論理的思考を学ぶ。
自身の強みと独立への道
「上流(戦略)」のみ、あるいは「下流(現場)」のみに偏るのではなく、「上流と下流を自由に行き来し、全体を繋ぐ役割」に自身の真の強みがあると実感。特定の組織の枠に固定されず柔軟に支援を行うため、フリーランスとして独立を決意。
現在の活動
SNS運用の戦略策定やフロー構築、分析ツールの導入支援といったコンサルティングをはじめ、市場調査会社のサイト構築・コンテンツ制作、X(旧Twitter)などの活用支援などを幅広く手掛ける。
SNSの「原点」への立ち返りと次世代への示唆
目指す姿
特定の枠にとらわれず、「宙に浮いた状態」で外から柔軟に企業を支援し続け、SNSマーケティングの枠を超えた広い視点で価値を提供する。
大切にしたい姿勢(SNS本来の楽しさ)
「物を売ること」が目的化しがちな現代のSNSに対し、「人を楽しませる」「人と繋がる」というSNS本来の原点・楽しさに立ち返る重要性を大切にする。
次世代マーケッターへのアドバイス
- 「数」をこなしステップを踏む
- 最初はアウトプットの数をこなし、次に他者からのフィードバックや分析を取り入れる段階を踏むことが大切。
- 「こだわりを捨てる」オープンマインド
- 変化の早い業界ではスタイルに固執せず、変化や新しい学びを受け入れられる柔軟性(オープンマインド)がディレクターやプロデューサーに求められる。
#02
エグゼクティブ コーチ
砂村 義雄さん
人生のどん底で出会ったコーチングをきっかけに、キャリアを「カネ」から「ヒト」へ舵を切りました。現在、経営者向けのプロコーチ、「エグゼクティブコーチ」をしています。
Vol.02/エグゼクティブ コーチ
砂村 義雄さん
30年の外資系キャリアと、突然の挫折から出会った「コーチング」
外資系キャリアと、抱いていた違和感
外資系企業で30年以上、経理・財務など数字を扱う仕事に従事。数字を扱うこと自体は好きだったが、数字だけでは物事が前に進まない違和感を抱えていた。海外勤務を経て帰国・再就職するも、ある朝突然、社長から解雇を告げられる大きな挫折を味わう。
「人に相談する」発想への転換
それまでの30年は人に頼らず自力で考え、決断してきた。しかし頭が真っ白になるほどの事態を前に「誰かに相談しなければ」と痛感し、自分だけで抱え込む生き方から抜け出す転機を迎える。
プロのコーチとの出会いと独立
転職エージェントではなく、かつて知った「プロのコーチ」を検索してセッションを受けたところ、自身の課題解決に大きく機能することを実感。この出会いをきっかけにコーチングの可能性を確信し、プロのエグゼクティブコーチとして独立を果たす。
「ビジネス経験」と「人間力」で経営者を支えるプロフェッショナル
ターゲットのシフトと強みの再定義
当初は教育や学生向けの支援を志向していたが、事業としての持続性や周囲の助言を受け、外資系での実績や中小企業診断士の資格を活かせる経営者・管理職層へとターゲットをシフトした。
孤独な経営者への伴走
社内に相談相手がおらず複雑な悩みを抱える中小企業の社長に対し、30年の組織経験と数字の知見で共感しながら、絡み合った課題を解きほぐし優先順位を整理するセッションを行っている。
プロコーチに求められる資質
コーチングは表面的な会話スキルにとどまらず、全体から滲み出る「人間力」を磨くこと、そして自身の強みや専門性を明確に言語化できることが不可欠だと捉えている。
次世代への「人間性」の継承と、理想の社会づくり
ライフワークとしての後進育成
60代を迎え、これからの時間を活かすライフワークとして、コーチング技術の向上を目指す後進の育成に力を注いでいる。
テクノロジー時代における人間性の継承
生成AIをはじめテクノロジーが急速に進化する時代だからこそ、孫世代や次世代に向けて「人間として持ち続けるべき価値や心」を引き継ぐ場づくりを目指している。
お互いを認め合える社会の実現
人に関心を持ち、相手を理解しようとするコーチングの姿勢を通じて、テクノロジーが発達しても人間同士が認め合い、協力し合える社会を次世代へ繋げていきたいと考えている。
#03
銀行マン
後藤 雅隆さん
ザ・サラリーマンを一筋20年。マネジメントとなり、人と人の繋がりに可能性を感じ、コーチングやキャリアコンサルタントを学習、人という観点で今後人材育成、組織開発をしていきたいと考えています。
Vol.03/銀行マン
後藤 雅隆さん
「安定」と周囲の波から始まった20年の銀行マンキャリア
就職活動の原点と入行の経緯
大学時代はテレビや広告、商社といった華やかな業界を志望していたが、最終選考で不採用に。早期に内定の出た大手銀行への入行を決意し、親の勧めや「大企業での安定」という周囲の空気に押される形で社会人キャリアをスタートさせる。
現場での試行錯誤とガムシャラな日々
若手時代は転職や他業界への挑戦も頭をよぎったが、日々の業務に追われるうちタイミングを逃し、ガムシャラに仕事へ打ち込む。中小企業向けの法人営業を通じて商品知識や顧客理解を深めるうち、徐々に仕事の面白さを見出していく。
MBAでの知見と「総合的な経営支援」を実践する伴走型マネージャー
融資を超えたトータルコンサルティング
単なる資金貸付や預金獲得にとどまらず、手形や紙運用が残る中小企業のDX化推進や、人手不足に悩む企業への人事・福利厚生制度の改定提案など、顧客のあらゆる経営課題に寄り添うコンサルティングを展開する。
MBA取得による視点の進化
30代で土日に通えるMBAを取得し、経営的な視点を獲得。顧客への提案の質や仕事へのやりがいが大きく進化した。異業種参入やデジタル化など金融業界が激変するなかでも、新しい知識や手法を貪欲に吸収して楽しむ姿勢を確立している。
マネジメントへの挑戦
現在はプレイヤーからマネージャーへ移行。チームをまとめ、部下一人ひとりとの関係を築きながら、その成長を支える役割に注力している。
「人を幸せにするマネジメント」の追求と社外への展開
目指す姿(成長し続けられる人・組織づくり)
指示を出すだけの従来型マネジメントから脱却し、メンバーを成長させ幸せにするマネジメントの確立を目指す。何歳になっても生き生きと成長し、楽しく働ける人と組織を育てたいと考える。
キャリアの新しい展望
一社で積み重ねてきたキャリアや人脈を活かしつつ、将来的には他社や個人の活動を通じて組織開発・活性化の支援にも携わっていく構想を描いている。
#04
イノベーションストラテジスト
村山 宜広さん
測量からキャリアを開始、EC・食品配送で開発・改善・基盤刷新を経て、現在レンタルスペース事業を立ち上げています。
Vol.04/イノベーションストラテジスト
村山 宜広さん
測量技術から始まった「身近な課題解決」への挑戦
ファーストキャリアと社内での探求
大学院卒業後、国内最大手の測量・地図制作会社に入社し約15年在籍。社内で多様な部署を経験するなかで、航空写真などから3次元計測を行う「写真測量」の技術と出会う。
「人体計測」への着眼と異業界への転職
写真測量技術の可能性を感じ、「身近な課題解決に活かせるのでは」とスマホカメラ等を使った「人体計測」に着眼。社内提案で実績を作った後、自作のポートフォリオを携えて異業界のEC企業へ売り込み、転職を果たす。
領域を超えたキャリア展開
EC業界を皮切りに、自らの興味と「身近な課題」を軸に複数の業界・事業会社を渡り歩き、プロダクト開発や新規事業への挑戦を重ねていく。
ビジネスと社会課題解決を両立させる新規事業開発
「身近な社会課題」に向き合う軸
測量、EC、食品配送、そして「働き方」に至るまで多種多様な業界を渡り歩きながらも、一貫しているのは「身近な人や社会の課題を解決したい」という強い想い。
現在の取り組み(個室型シェアオフィス事業)
現在はオフィス関連企業にて、15分単位でWeb予約・利用できる無人個室型シェアオフィスの新規事業開発を担当。リモートワーク時代の商談やコミュニケーションの課題解決に挑む。
挑戦中の課題
利用者の助けとなる課題解決と、事業として持続可能な売上・利益の両立に向けて、認知拡大や事業成長をストイックに推進している。
「点の繋がり」が生む唯一無二の価値と挑戦の回収
散らばっていた「点」が「面」になる強み
一見すると一貫性がないキャリアも、挑み続けたことで「幅の広さ」となり、地図・配送・データ・働き方などの経験がいま繋がり始めていることを実感している。
最新技術との掛け算で「やり残した課題」を回収
過去の技術やデータ、進化するAIなどを掛け合わせることで、かつて解決しきれなかった身近な課題(感性に寄り添う靴のマッチングなど)への新たな解決策を見出し、キャリアの最後で回収することも見据えている。
目指す姿勢
多様な業界経験の「掛け算」を自らのユニークな強みとし、1つの領域を深掘りするだけでなく「要素同士を繋ぐ役割」として、これからも新しい課題解決に挑戦し続ける。
#05
プロジェクトマネージャー
コージーさん
新卒で入社した日系企業に22年間勤務。営業・マーケティング・調達を経て、現在はそれらの経験を活かしてプロジェクトマネジメントに従事しています。
Vol.05/プロジェクトマネージャー
コージーさん
一社での多様な現場経験とMBA取得で培ったキャリア
製薬会社への入社とジョブローテーション
アメリカの大学卒業後、人々の健康に携わる仕事や業界に惹かれ、日系の製薬会社へ新卒入社。営業部で4年、本社ブランドマーケティング部で約6年、食品やサプリメントのマーケティングを担当し、現場で幅広い実務経験を重ねる。
社内選抜によるMBA留学と調達部門への着任
社内のMBA派遣制度に選ばれ、アメリカ東海岸のビジネススクールへ2年間留学しMBAを取得。帰国後は製品の部材・原材料を買い付ける調達部署に配属され、約6年間メーカーの根幹を支える調達業務に従事する。
一社で積み上げた経験と信頼
営業・マーケティング・調達と多角的な仕事に挑戦できたこと、長年の勤務で築いた社内人脈や深い信頼関係が、いまのキャリアを支える大きな強みとなっている。
「ファシリテーション」でグローバル組織を動かすプロジェクトマネージャー
ホールディングスでのグループ横断プロジェクト
ホールディングカンパニーへ転籍後、グローバルに広がる170社以上のグループ会社が関わる「グループ横断調達プロジェクト」を立ち上げ、プロジェクトリーダーとして全体の運営管理を牽引する。
トップダウンではない「ファシリテート」の役割
立場の異なる約70〜80名のステークホルダー(経営陣から現場担当者まで)に対し、一方的なトップダウンではなく、各社が連携しやすいよう調整・ファシリテートを行いながらプロジェクトを前進させる。
相手の目線に合わせたコミュニケーション
MBAでの学びを土台にしつつも、実務で人を動かすには泥臭い利害調整が必要だと実感。相手の関心事を正確に把握し、説明の仕方や資料の作り方を柔軟に変える目線を徹底している。
共同購買の拡大とプロジェクト推進の心得
共同購買の成果創出とさらなる展開
プロジェクト立ち上げから3年で築いた関係性を基盤に、現在はグループ共同購買の本格化に着手。まずは一部の品目で確実な結果を出し、将来的には対象を広げグループ全体の調達最適化・シナジー創出を目指す。
次世代・若手へのアドバイス
- 身近なプロジェクトへの積極参加
- 最初から専門部署を目指すのではなく、自部署の業務改善や部門横断の機会に積極的に参加することが第一歩となる。
- 普段の仕事での信頼獲得
- プロジェクトリーダーに抜擢されるには、日頃の実務で確実に成果を出し、周囲や上司からの信頼を築くことが最大の近道となる。
- 相手目線の思考を普段から意識する
- 相手の立場を踏まえた伝え方を日常業務から磨くことが、プロジェクトマネジメントスキルの育成につながる。
#06
スタイリスト
神﨑 裕介さん
個人&企業の顧問スタイリスト/タイタンの学校(校長・太田光代)講師/執筆家。ファッションの力を人生に活かす「意識」と「知識」を伝えるべく、活動中。
Vol.06/スタイリスト
神﨑 裕介さん
演劇から実家のセレクトショップ、そしてフリーのスタイリストへ
演劇畑からの転機(30歳での決断)
学生時代から演劇(舞台や声優など)に打ち込んできたが、30歳の時に主演を務めたことを機に区切りをつけ、演技の道を退く。
実家のセレクトショップでの修練
下北沢にある両親のセレクトショップに入り、約7年間バイヤーと販売員を兼任しながら店舗運営全般を経験。この現場経験が「スタイリストは接客業である」という現在の軸を形作る。
スタイリストとしての独立
自店舗の品揃えだけに留まらず、「世の中にあるすべての選択肢から、目の前のお客様にとってベストなものを提案したい」と考え、特定の店舗に属さないスタイリスト活動を開始する。
個人向けスタイリングと「タイタンの学校」講師での実践
SNSを活用した実績の構築
独立初期はSNSでのモニター募集や知人の紹介、イベントなどを通じて顧客を開拓し、地道に信頼と実績を積み重ねる。
見せ方を教える「講師」としての活動
爆笑問題らが所属する太田プロダクション系芸能事務所タイタンの「タイタンの学校」からオファーを受け、講師を担当。芸人の卵や一般社会人に、相手の期待感を高めるセルフプロデュースや見せ方のノウハウを指導している。
現在の活動
ビジネスパーソン等の成果や印象を高めるパーソナルスタイリングをはじめ、講師業やメディアでのコメント・執筆活動など幅広く展開している。
「日本一ファッションを言語化するスタイリスト」と次世代への示唆
目指す姿(ファッションの言語化と普及)
「日本一ファッションを言語化するスタイリスト」を掲げ、見た目や印象が仕事の成果に直結することを分かりやすく発信。特別なおしゃれ好きだけでなく、日常や仕事に役立つファッションの価値を多くの人に届けることを目指す。
大切にしたい姿勢(ファッション=接客業)
ファッションを単なるセンスの問題として捉えるのではなく、相手に興味を持ち、心地よい時間を提供して納得してもらう「接客業」としての姿勢を第一とする。
次世代スタイリストへのアドバイス
- 「現場(販売員)」でリアルな顧客心理を学ぶ
- メディア専門を目指す場合を除き、まずはショップでの販売員などを経験してリアルなお客様の気持ちを理解することが強力な武器になる。
- センスよりも「相手への興味と納得感」
- 単に服を選ぶセンス以上に、お客様に寄り添い納得してもらうコミュニケーション力こそが仕事を継続させる鍵となる。
#07
事業統括責任者
豊永 仁さん
大学卒業後、個人事業やベンチャー企業の新規事業責任者を経て、現在に至る。
Vol.07/事業統括責任者
豊永 仁さん
教員不採用からの背水の陣と、営業から事業伴走への広がり
キャリアの原点(教員断念と目標設定)
体育教員を目指すも採用試験に不合格となり、一般的な会社員ではなく個人での営業代行からキャリアをスタート。尊敬する父親に追いつき超えたいという大きな目標を抱き、電話営業などの実務をこなす。
営業から事業全体の支援へ
個人営業を行うなかで店舗の集客支援を手掛けるようになり、ECサイト立ち上げ、SNS運用、ホームページ制作、メニュー開発に至るまで、事業全体のマーケティングや運営に深く関わるようになる。
新規事業立ち上げと独立
クライアント企業からの誘いを受けて社員として新規事業立ち上げを1年間経験したのち、独立を果たす。
造作家具メーカーの事業統括責任者として全国展開を牽引
事業モデルと役割
オーダーメイドの造作家具(キッチンや洗面台など)をほぼ原価で提携工務店・設計事務所へ下ろし、企画から設計・製造・お届けまで一気通貫で手掛ける「コストコ型」のメーカー事業を3名で立ち上げる。自身は事業統括責任者として、新規開拓の営業やチーム・パートナーの成果を引き出す役割を担う。
急成長を遂げるスタートアップ実務
全国展開を開始して間もない環境下で、SNSフォロワー数を0から約5万人に伸ばし、月2,000〜3,000件の問い合わせを獲得。全国の提携工務店を開拓するなど、事業の急成長を牽引する。
人生の主導権を握り、大切な人に環境を提供できる存在へ
目指す姿
会社組織のなかで自分の限界まで挑戦して成果にコミットすると同時に、自分の人生の「自己コントロール感(主導権)」を持ち続けることを重視する。成長を通して、家族や友人など大切な人々に良い環境や仕事の機会を提供できる、器の大きい存在を目指す。
次世代へのアドバイス
- 「今日が一番若い」
- 時間は有限であり、今日始めることが常に最速であるという自覚を持って一歩を踏み出すことが重要。
- 「見栄を張るな」
- 自分を過剰に着飾るのではなく、恥ずかしがらずに自分の目標に向かって時間やお金を使い行動する姿こそが真に格好良い。
#08
セミナー研修講師
橋本 大和さん
20代の事業譲渡経験から、「仲間・挑戦」を人生テーマに、ワクワクしている人たちの「和」を創るコトばかりしているヒト。
Vol.08/セミナー研修講師
橋本 大和さん
モノづくりへの没頭から仲間との起業・挫折まで
原点(建築からデジタル世界・ネットコミュニティへ)
建築学校在学中、Windows 98の普及とともにCADやグラフィック、初期のネットゲームに没頭。独学でホームページ制作技術を習得し、デジタル領域でのモノづくりに魅せられる。
就職活動の拒否と「ものづくりチーム」の結成・起業
建築学科の仲間と就職活動をせず、デザインイベントへの参加や制作活動をスタート。一度解散し各々が修行を積んだ後、29歳で再結成し、個人事業を経て秋葉原にて9人で広告代理店を法人化・起業する。
起業後の葛藤と直面したジレンマ
念願の法人化を果たしたものの、共同創業者との方向性の違いや「独立してもスケジュールが案件に縛られて自由にならない」という現実、経営に対する虚しさを抱えるようになる。
「伝える・教える」研修講師・コンサルタントとしての開花
トラブルの克服とビジネスコミュニティでの開眼
会社を退職・手放す際のトラブルに直面するも、弁護士の協力や新たなビジネスコミュニティとの出会いにより乗り越える。雇用に縛られず多様なプロが共通目標へ協力し合う場に刺激を受け、「人と一緒に楽しくチームを作ること」という自身の強みを再確認する。
「制作」から「講師・コンサルタント」への転身
コミュニティでプレゼンスキルを磨き、Webサイトなどの「作る業務」を手放して、ノウハウを「伝える・教える」研修講師やコンサルティングへとシフトする。
現在の多角的な活動
中小機構などの公的機関でマーケティング等の研修講師を務めるほか、カードゲーム「アチーバス」を活用したチームビルディング研修、夫婦で手掛ける農業専門の結婚相談所など、幅広く活躍している。
「橋渡し」としてのチームづくりと海外挑戦・次世代への示唆
目指す姿(「橋渡し」と海外ビジネスへの挑戦)
自身の名前(大和・橋本)の通り、人と人、組織と組織を結ぶ「橋渡し」やチームづくりを軸に活動する。所属する国際ビジネスグループでの刺激を受け、50歳までに海外に向けたビジネスを展開・成立させる目標を掲げている。
次世代へのメッセージ(AI時代における思考と行動)
- 「なぜ(Why)」を自分の頭で考える
- AIやネットで簡単に情報が得られる時代だからこそ、世間の尺度や検索結果に頼り切らず、「なぜそれをやるのか」「なぜ惹かれるのか」を自分自身で問い直す姿勢が重要。
- 固定観念を捨てて最初の一歩を踏み出す
- 社長就任や海外進出も「やってみれば誰でもできる」と捉え、経験のない人の意見や社会的尺度に囚われず、恐怖を乗り越えてまず行動を起こす勇気が新たなチームや未来を切り拓く。
#09
創り人
T.HASE
グラフィックデザインや、WEBサイト・アプリ制作などを手掛けるクリエーティブエージェンシー、株式会社POの代表。「ワタクシゴト」チャンネルの撮影・編集・音楽を担当。今回、自分でも出演してみようと一念発起して、インタビューしてもらいました。
Vol.09/創り人
T.HASE
「モノづくり」への憧れと挫折から学んだキャリアの土台
飲食店のバイトで叩き込まれた社会人の基礎
幼少期から絵を描くのが好きだったが、大学時代は明確な目的を持たずに過ごす。卒業後、デザイン専門学校に通いながら経験した飲食店のバイトで、忙しい現場の段取りや周囲との連携など、社会人としての基礎を叩き込まれる。
デザイナーから突然の営業職、そして最初の独立と挫折
グラフィックデザイナーとしてキャリアをスタートするが、上京後に会社の都合で営業職へ転向し、テレアポによる新規開拓を担当。その後、同僚と3人で会社を設立し取締役に就任するも、半年で離脱する挫折を経験する。
大手代理店への出向と1人での再スタート
広告制作会社へ転職後、大手広告代理店へ業務委託として出向し、人脈と経験を蓄積。「次は1人で会社を立ち上げる。」という決意のもと独立し、広告制作を手掛ける「株式会社パイレーツ大阪」を設立する。
「株式会社PO」への進化とAIを活用した事業の広がり
コロナ禍を機にしたWeb領域へのシフトとChatGPTの活用
コロナ禍で紙媒体の広告案件が激減したことを機に、未経験からWebサイトのコーディング業務に着手。さらにChatGPTを活用することで、Webコーディングの事業ボリュームを拡大させる。
病気の経験によるマインドシフトとプロデュースの喜び
約10年前、網膜剥離の手術・入院をきっかけに「人生の限られた時間」を意識し、好きなことに挑戦する決意を固める。音楽ユニットのプロデュースを手掛け、思惑を超えるアウトプットを生み出すモノづくりの面白さに目覚める。
組織の再構築と「株式会社PO」としての新たな船出
仲間が新しく参画するタイミングに合わせ、可能性を広げるため「株式会社PO」へ社名を変更。受託業務にとどまらず、自社開発の第一弾として工数管理Webアプリ「TaskTime」をリリースするなど、自社サービスの開発・販売にも注力する。
自社サービスの展開と、クリエイティブへの挑戦
受託と自社開発アプリの両輪経営
自身の原点である「モノづくり」を軸に、デザインとコーディングの強みを掛け合わせてスマホアプリやWebアプリケーションなどの自社商品を開発・販売し、事業の発展を目指す。
次世代・若手への示唆(20代のノーリスク)
「20代はノーリスク」であり、失敗しても周囲が救ってくれる環境があるからこそ、失敗を恐れずレバレッジをかけてやりたいことに挑戦すべきだと表明する(30代以降は自己責任になるため)。
人生の目標
- 野外フェスの開催
- 50歳の生誕祭イベントを足がかりに、これまで音楽活動で関わった仲間を集めた屋外フェスの開催を目指す。
- 60歳までの映画制作
- 学生時代の飲食店バイトの原点も活かし、レストランを舞台にした映画を制作することを掲げる。
#10
デザイナー・ヨガインストラクター
ヒロコさん
モノづくりとスポーツを愛するフリーランスデザイナー。週末はセミプライベートのヨガ教室を主宰しています。
Vol.10/デザイナー・ヨガインストラクター
ヒロコさん
「美術」と「体育」への情熱から、ものづくりの職人へ
キャリアの原点(進路の葛藤と美大進学)
高校時代、進路に悩んだ際に本能的に好きな「美術(デザイン)」と「体育(体を動かすこと)」で真剣に迷うも、ものづくりへの関心から美大へ進学。商品開発や立体物のデザインを学び、ユニークで利便性の高い新しいものを生み出すことに関心を持つ。
社会人での葛藤と自身の本質への気づき
就職氷河期のなか、新卒で印刷会社のデザイナーとして紙媒体のスキルを習得。その後、キャラクターや特許権利を扱うメーカーへ移るが、管理や営業的な仕事よりも「自らの手を動かして形にする職人肌」であることに気づき、フリーランスのデザイナーとして独立を決意する。
「デザイン」と「ヨガ」の両輪で自分を表現するパラレルワーク
働き方の模索とフリーランスへの再踏み出し
会社員とフリーランスを行き来する中で、デザインの価値が売上に直結しにくい組織構造や決められた作業の繰り返しに葛藤を抱く。自分のデザイン技術が直接価値を生む環境と自由な働き方を求め、再びフリーランスへと戻る。
「好きなことを全部やる」1年間の挑戦
ヨガの指導者資格取得、小説や脚本の執筆、プロダクト制作など、関心のあるすべての表現活動に1年間集中して挑戦。その経験を通じて「自分の中にあるものを表現すること」への幸福感と、身体を動かすヨガの面白さを再確認する。
現在の活動(平日デザイナー・週末ヨガ講師)
平日は紙媒体や大型看板、雑貨・文房具などのデザイン業務を行い、週末は最大3人限定の都度払い制「隠れ家ヨガ」を主宰。デザインとヨガという高校時代に惹かれた2つの領域を両立した活動を展開する。
身の丈の「器」を磨き、人生のハンドルを握り続ける
目指す姿(サービスの拡張と表現の追求)
ヨガ分野ではパーソナルトレーナー資格の取得を進め、夏前や正月明けなど季節に応じたスポット集中型のトレーニング・ヨガサービスの提供を目指す。デザインは日常の一部として継続しつつ、将来的な法人化も選択肢として視野に入れる。
大切にしたい姿勢(人生の土台と表現の調和)
自分の「器の大きさ」を受け入れ、その形を磨いて楽しむ境地に達する。震災や停電の経験から学んだ「電気がなくても重要な身体や人間関係という土台」をしっかり育てた上で、その上に「自分を表現する花」を咲かせる生き方を大切にする。
次世代へのアドバイス(人生の主体性)
「自分の人生のハンドルを握る」——会社や上司のせいにせず、すべての出来事を自分の選択として捉える(自責と思考の変換)ことで、他人に人生をコントロールされず自由に進んでいけるようになる。
#11
カフェ英会話株式会社
代表取締役 社長
西川 良輔さん
ワンコインで英語を気軽に話せる場「カフェ英会話」を創業。現在は同サービスを通い放題で利用できる英語学習コミュニティ「カフェ英Fanz」を運営しています。
Vol.11 第1話 カフェ英会話株式会社 代表取締役 社長 の過去
Vol.11 第2話 カフェ英会話株式会社 代表取締役 社長 のいま
Vol.11 第3話 カフェ英会話株式会社 代表取締役 社長 の未来
Vol.11/カフェ英会話株式会社 代表取締役 社長
西川 良輔さん
趣味で始めたカフェ英会話とコミュニティの自然な拡大
キャリアの原点と英語への想い
大学3年時に1年間のイギリス留学を経験し、教科書とは異なる「コミュニケーションとしての生きた英語」の楽しさを知る。帰国後は外資系電気メーカーで英語を活かして働くが、転職後に使う機会が減り、「日本でも気軽に英語を話せる場を作りたい」と2008年に趣味で「カフェ英会話」を始める。
参加者との絆と全国100箇所への拡大
池袋でのスタート後、参加者の増加で週1回から週3回へ拡大。負担から縮小や終了も検討したが、常連が運営を手伝うと名乗り出て、参加費500円でお茶代を賄うボランティア運営体制が確立。この仕組みにより全国約100箇所へ広がっていく。
社会貢献と家族との時間を大切にする生き方
初期数年は参加費全額(累計500万円以上)をNGO「Room to Read」へ寄付し、途上国の図書館建設などに充てる。事業化ありきではなく、寄付や多様な出会いにやりがいを感じつつ、家族や子どもとの時間を大切にする生き方を実現していく。
「英会話スクール」としての事業化とリブランディング
法人化と高付加価値サービスの展開
個人事業として約10年続けた後の2018年、ビジネスの強みを持つパートナーを迎え「ステラーコーポレーション」として法人化。ワンコインの交流会を守りつつ約50名の外国人講師を採用し、グループ・プライベート・法人向けレッスンで収益基盤を確立した。
「カフェ英会話株式会社」への社名変更
認知度の高いサービス名と会社名を統一するため「カフェ英会話株式会社」へ社名を変更し、コーポレートサイトを刷新。かつて学生参加者だったメンバーが取締役に就任するなど、コミュニティ出身者が経営を支える体制へと進化している。
年間6万人が集まる多様な交流プラットフォーム
外交官、映画監督、俳優、外資系金融、AIエンジニアなど普段出会えない多様なバックグラウンドの人々が「英語」という共通点で集まり、年間6万人が参加するユニークなプラットフォームとして定着している。
「出会い×英語の力」で育むコミュニティと次世代へのメッセージ
PMV再定義と「出会い」を重視するパーパス
第2創業期(リボーン)を迎え、パーパス・ミッション・ビジョン・バリューを整理。一般的なスクールとは異なり「出会い×英語の力」を核に掲げ、語学スキル向上にとどまらない「人と人とのつながり」の創出を最優先とする。
公式オンラインコミュニティ「カフェンズ」の展開
リアルなカフェでの交流に加え、ファンが集うオンラインコミュニティアプリ「カフェンズ」をリリース。SNS特有の疲弊感なく「好き」でつながれる場を提供し、海外のバイリンガル・ネイティブと日常的に交流できる環境で、英語が生活に溶け込む体験を届ける。
次世代・初心者へのアドバイス
- 「好き・ワクワク」に耳を傾ける
- 英語学習に挫折した初心者や苦手意識を持つ人でも、映画や旅行などの興味をきっかけに気軽に足を踏み入れられる場を作る。
- 失敗を恐れず挑戦する
- 外資系企業に入社した当時の失敗への不安を振り返り、「会社は人を育てる場所。首になる心配をせず積極的に挑戦してほしい」と伝え、心のワクワクに従って進むことの大切さを強調する。
#12
ITコンサルタント
横山 泰行さん
日系企業→ドイツ→アメリカが本社のIT会社に行き、経営管理領域でお客様に価値出せないか日々考えながらプロジェクトのオーナーをしてます。
Vol.12/ITコンサルタント
横山 泰行さん
IT業界への偶発的アプローチとガムシャラに築いたキャリア
キャリアの始点(卒論でのPC体験)
学生時代は外資系やIT業界を特に意識していなかったが、卒業論文をパソコンで作成した際にその便利さに感動し、IT業界への就職を決意。1社目でSE(システムエンジニア)として3年間キャリアをスタートさせた。
外資系への挑戦と成長(20代での修練)
1社目での仕事ぶりが評価され、ドイツ系外資系企業からの誘いを受けて転職。20代後半は終電帰宅が続くほどガムシャラに成果を積み重ね、27歳で初めてPM(プロジェクトマネージャー)を務めた名古屋のプロジェクトで大きな成長を遂げた。
30歳での転機(市場価値の確認と現在地へ)
30歳頃に結婚や自身の市場価値を見つめ直す中で転職活動を行い、好印象を受けた現在のアメリカ系外資系企業(3社目)へ移籍。退職後も過去の会社や同僚とは良好な関係やビジネス上の付き合いを保ち続けている。
経営管理ITコンサルタントとして顧客と深く伴走する
経営管理コンサルタントとしての役割
企業の経営層が意思決定を行うための経営管理システム導入、KPIの策定、構想策定、およびチェンジマネジメントを含めたITコンサルティングを担う。
顧客に寄り添う伴走スタイルと醍醐味
多様な業界のクライアント企業に直接入り込み、企業文化や現場の人々と触れ合いながら、7〜9年にわたり長期的伴走を行う。支援先を「第2の故郷」と感じるほど愛着を持ち、チームで大きな成果を出すことに面白さを見出している。
壁を乗り越えた経験と他者視点の大切さ
20代後半に専門知識の差や重圧から「向いていない」と苦悩した際、プロジェクトオーナーからの客観的なアドバイスで立ち直った経験から、周囲に相談することや客観的視点の重要性を実感している。
チームでの価値創出と次世代へ「良い影響」を与えるリーダー像
組織内でチームとして成果を出すこだわり
周囲から起業を提案されることもあったが、自身の強みと望むスタイルは「多様な人とチームを組み、組織の中で力を発揮すること」にあると考え、会社組織で活動し続ける姿勢を持つ。
仕事の「目的」を意識する姿勢
チームメンバーや若い世代に対し、「いま行っている作業が何に繋がり、どう顧客や自分の価値になるのか」という目的意識を日々持つことの重要性を伝えている。
次世代への還元(良い影響を与える存在へ)
これまでのキャリアで恵まれた上司や人との出会いによって自身が形成されたと感じており、自身が受けた「良い影響」を次世代へ伝えられるリーダー像を目指している。
#13
終身雇用まっしぐらサラリーマン
オガさん
一つの企業でデバイス開発、サービス企画、営業、単身赴任、そして役職定年などサラリーマンとして経験できる一通りのことを経験し、今も仕事と趣味を両立して楽しみ続けているプロの終身雇用サラリーマン。
Vol.13/終身雇用まっしぐらサラリーマン
オガさん
一社で歩んだゼネラリストへの道と多彩な現場経験
キャリアの原点(偶然の出会いから大企業へ)
理系大学院で学び、1997年の就職氷河期に「線がないのに話せる不思議さ」に惹かれてNTTドコモ(当時:NTT移動通信)へ技術系として入社。特定分野へのこだわりを持たず、一社勤め上げのサラリーマンキャリアをスタートさせる。
ゼネラリストとしてのキャリア形成
技術開発をはじめ、iモード端末の企画やメーカーとの仕様交渉、100億円規模の自社仕様プロセッサ開発プロジェクト、九州支社でのドコモショップ営業・代理店支援まで幅広く経験。多様な部署を経験することで、組織運営の全体像や課題を多角的に捉える視点を養う。
役職定年を経て組織を支える「縁の下の力持ち」
子会社での運用・保守マネジメント
53歳で役職定年を迎え、現在はドコモの機能分担子会社に所属。スマホやサービスの運用・保守、SNS情報を活用した不具合検知、MVNO事業者支援などを行う5つのチームを統括するポジションで活躍する。
部署異動を「社内転職」と捉える柔軟性
キャリアにおいて特定の部署へ固執せず、未知の領域を知ることを楽しんできた経験から、「大企業での部署異動は転職と同等の経験値を得られる」という実感を持ち、与えられた場所で柔軟に価値を発揮する。
ポジティブな「下り坂」の歩み方と次世代へのエール
目指す姿(ポジティブなサポート役)
表舞台から裏方への変化を前向きに捉え、持ち前のおせっかいな性格やキャリアコンサルタントの学びを生かして、メンバーが生き生きと働ける環境を作る「縁の下の力持ち」として貢献し続ける。
次世代サラリーマン・若者へのアドバイス
- 「決めつけ」を捨て目の前の仕事に挑む
- 最初から市場価値やスキル向上ばかりにとらわれず、興味を持った目の前の仕事や人間関係にガムシャラに取り組むことが、結果として成長や新たな出会いを生む。
- 広めの視野とオープンマインド
- 入社前に分かる仕事はごく一部であるため、自分のスタイルやこだわりに固執せず、人の価値観や環境の変化を柔軟に受け入れる姿勢が大切になる。
#14
ヒトゴトマン(人事)
コウダイさん
人材育成の領域を軸にしながら、ヒトのコトを中心にシゴトしてきました。現在は、経営戦略と人材戦略を繋ぐ仕組み創りに奔走中。
Vol.14/ヒトゴトマン(人事)
コウダイさん
想定外の人事配属から「人材育成・教育」の価値に目覚めるまで
スタート(想定外の人事配属)
新卒で営業職を志望していたが、研修を経てまさかの人事(人材育成・教育)配属に。人の人生に関わる責任の重さや、企業教育の必要性に戸惑いながらのスタートだった。
転機(現場への異動)
入社6〜7年目、関西の製作所へ異動し人事・総務・情報システムを担当。研修を受けた社員が学びを活かし、職場をより良くしようと奮闘する姿に大きな転機を得る。
確信(社会人学習と人事の面白さ)
研修は単なる勉強の場ではなく、人と人との繋がりや相談しやすい関係を作る場だと実感。社会人学習の重要性と人事の面白さに目覚め、今の仕事の判断軸を築いた。
「事業戦略」と「人材戦略」を繋ぐ人的資本の推進者
転職の決意
長年勤めた前職ではコンプライアンスやガバナンス強化による管理強化に疑問を感じるように。コロナ禍で自らの目指す働き方や方向性を求めて転職を決意した。
事業戦略と人材戦略を繋ぐ
現在はメーカー人事として教育を軸にしつつ、経営と人事を結びつける「事業戦略と人材戦略の統合(人的資本経営)」の仕組みづくりを担う。
「管理」から「支援」へ
人事の役割を「管理」と「支援」と定義し、支援に重きを置く。人にフォーカスした仕組みづくりのためキャリアコンサルタント資格を取得し、個人のキャリア開発にも寄り添う。
経営視点での人材循環と次世代へのメッセージ
目指す姿(人材ポートフォリオと経営への挑戦)
採用・育成・配置・評価が連動する再現性ある人材ポートフォリオの構築を目指す。人を「消費される資源」でなく「資本」と捉え、経営視点で人と経営の両輪を回すべく中小企業診断士等の学びも視野に入れる。
次世代へのメッセージ
- 「問いを持ち、とことん突き詰める」
- 想定外の配属や変化に直面しても「なぜこの仕事が必要なのか」を考え抜くことで、仕事の面白さや人との繋がりが広がっていく。
- 「意思決定は自分で行う」
- 苦しい時の逃げ道は用意しつつも、キャリアの選択や判断は他人に左右されず、自分自身の意志で決めることが大切である。
#15
ひとり美容師
クニトモ ユウジさん
「いま、前を向くヘアサロン」をコンセプトに、お客様おひとりおひとりの「今」に寄り添い向き合うプライベート美容室を営む、ひとり美容師。お客様の今に寄り添い向き合う為に、自分や家族の「今」も大切に日々生きている。
Vol.15/ひとり美容師
クニトモ ユウジさん
迷いと遠回りの中で出会った「美容師」という道
キャリアのスタート(彫師への憧れと上京)
高校まではサッカーに打ち込み、卒業後は漫画の影響で彫師を志すも親に反対される。実家が理容室だったこともあり、上京の口実として美容と美術を学べる短大へ進学、消去法で美容師の道をスタートした。
最初の挫折と恩師との出会い
新卒で入社したサロンをわずか1ヶ月で退職。途方に暮れる中、SNSの掲示板で拾ってくれたオーナーのもとで「自分のペースでやりなさい」と温かく育てられ、美容師としての基礎を身につけた。
アート活動と美容への再コミット
20代はフリーランスで働きながら立体作品のギャラリー展示などアート活動に挑戦。将来の持続性を考え本気で美容師と向き合うことを決意し、千葉のサロンで一から学び直す。
「家族の時間」を軸にする「ひとり美容師」
働き方のターニングポイント
神奈川のサロンで店長を務めバリバリ働く中、第一子が誕生。妻の「今が一番話ができていない」という言葉にショックを受け、何のために働くのかを再考し、役職を下りる決断をする。
自宅サロンでの独立と現在のスタイル
江の島近くの自宅にお店を構え「ひとり美容師」として独立(取材当時3年目)。拡大や利益追求ではなく、家族や自分自身の時間を最優先の軸に置き、ライフスタイルとのバランスを大切にサロンを運営する。
変化を受け入れる柔軟性と次世代への示唆
環境の変化に寄り添う姿勢とロールモデル
壮大な野望は持たず、子供の成長や家族の変化に合わせて働き方を変えていく柔軟性を持つ。地元で今も現役の父親の姿を安心できるお手本とし、美容師という仕事を長く続けていくことを目指す。
悩める若い世代・後輩へのメッセージ
- 「今見えているものが全てではない」
- 狭い視点で全てを判断して思い悩むのではなく、視点を少し緩めて手探りで進むことの大切さを伝える。
- 「美容が好き」という原点を大切に
- スタイルや環境に固執しすぎず、周りの身近な人の声に耳を傾けながら、自分のコアにある素直な気持ちを大切に歩むことをアドバイスする。
Master of
Ceremonies
Planning / MC
ヒライケン
グローバルな大企業からベンチャーまで、気の向くままにジョブチェンジ。
蓄積された自分のスキルを振り返ると一言で言い表せないキャリアだと気づき、様々な働き方や生き方を集めて広めるべくインタビュアーとなる。
